■雑誌:住宅建築への寄稿...
去る3月19日〜24日、旧同潤会青山アパートメント(以下、青山アパート)6号館内ギャラリー華音留にて、あるイベントを開催した。タイトルは「puddle
puzzle vol.1 場所の行方〜同潤会青山アパート写真画展」。
青山アパート保存運動団体・Do+に二年程前から参加したが、保存という語の定義が曖昧かつ刺激的な場合が多く、対外的な活動は語弊と邪推を呼んだだけでなく(勿論様々な他要因も加え)グループ活動自体を休止に追い込んだ。(この場でも保存という語を用いることに抵抗がある。どうか躯体の保存、緑の保存、記憶の保存など、偏向的に限定したものと捉えないで欲しい。あくまで青山アパートがこのまま消え去ることへの疑問に過ぎず、それ以上の意味にはもっと多くの議論が必要で、そのためにイベントを開催した)
景観や建物が保存されたい。その想いをどの方向で表現するかに、正解は無いのが現状かも知れない。しかし我々の中で出た答えは、この問題についてもっと多くの人々と追求する場を設けてみよう、ということだった。ギャラリーが近く撤退すると聞き、お金も時間も人手も何もないまま開催を決めた。告知すら出来ず来客数の見込みも無かったが、とりあえずは青山アパートで青山アパートについてのイベントを開いたという事実が欲しかった。
内容は写真家の方に拝借した作品を4点と、我々で撮りためたデジタル画像を繋げて映像化したもの、そして出来る限り集めた青山アパートに関する資料。展示内容全般において、我々の個人的な感傷を出さないよう、また期間限定に便乗したサヨナライベントとならぬよう、気を配った。できるだけ客観的かつ多角的に建て替え計画についてアナウンスすることで、あの風景が知識や利害の有無を超えた不特定多数の人々に何を刻んできたのか見たかった。
蓋を開けると、6日間で500人超の人々がこのイベントに訪れた。驚いた。内訳は老若男女偏らず、懐かしむお年寄りから初めて表参道に来た女子高生まで幅広い。東京、北海道、兵庫、岡山、海外。しかも総じて滞在時間が長い。なくなるなんて知らなかった、なぜなのか、次は何になるのか、寂しい、悔しい…各々のストレートな想いが書かれ話され吐露された。想像を絶する当事者意識の高さ。建築雑誌や年表など日常で馴染みの薄い資料も多かったが、椅子に座り長いこと目を通す。表の看板一枚から、6畳にも満たない小さな会場は独特の体温にヒートアップした。
「なんか、時の流れが嫌いになりそう。なんで“今どき”とかにしちゃうのかね。こーゆーすてきなものっていつまでもあってもよくない?(中略)このたてものは「撮りたい」って思うけど、ショッピングセンターとかなんて「とりたくない」ね。世界がどんどんつまんなくなっちゃう。新しいものだけがいいものの発見にはならないのにね…」(高校生)
「If you destroy all of the past what hope or point is there in the
future?」(会社員)
「いつまでもあってくれるものだと思ってました。(中略)春も夏も秋も冬も、それぞれの趣があって本当に大好きでした。心にぽっかり穴が空いた気分」(会社員)
「街の風景、景色っていうのは大事な資産だと思います。良いものを守って積み重ねていくことでしか都市の風格って得られないんじゃないでしょうか」(大学院生)
彼らの声は何処に向けるべきなのだろう。それらは個人の感傷や嗜好であって、事実として認識される価値の無いものだろうか。海外と異なり、景観や建築を行政が管理しない日本。開発サイドと他との様々な食い違いを残したまま街並みは様々な事象を抱えながら消え、何かが突如デビューする。この状況に対して、誰が、何のために、どう動けるのだろう。未だに建て替え計画の詳細は一般に明かされておらず(4月現在)、取り壊しは年内の夏とも末とも囁かれる。
http://www.doplus.org
MOTOKO Tanaka:Waseda-u