■「都市の記憶」を残す仕組みを 西田健作(記者は考える)
2002年04月03日 朝刊 012ページ オピニオン2
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また一つ、「都市の記憶」が消えようとしている。東京・表参道の同潤会青山アパートが、75年の歴史に幕を下ろすことになった。ツタの絡まる10棟のアパート群は、通りのケヤキ並木と共に、行き交う人々に愛され続けてきた。大型商業ビルへの建て替えが決まる経緯を取材すると、古い建物が残らず、変わり続けるしかない都市・東京の悲しい姿がほの見えた。
「なくなっちゃうって、ほんとうですか?」3月下旬、青山アパートの出窓に張られた大きな文字が通行人の目を引いていた。専門学校生ら2人が開いた写真展で、建て替えの事実を知ってもらうのが目的だった。来場者の多くが初めてアパートがなくなることを知り、驚いていた。
渋谷区が市街地再開発事業として都市計画案を公開したのは1月下旬。縦覧期間は2週間。都市計画法に基づく手続きだが、区の広報などで縦覧に気づく人は限られている。写真展では取り壊しに反対する50余の意見が壁に張られた。だが、すでに区の審議会は開かれた後。計画は3月末に決定された。
アパートは関東大震災後の住宅復興を目的に建てられた。早期建て替えを望む権利者の声も切実だ。集合住宅で関係者が多く意見集約もままならない。建て替えの声が出て既に30年。雨漏りもひどい。住人の「再開発を進めるので精いっぱい。とても保存にまで頭が回らない」という訴えにも重みがある。
歴史的な建築物を残すか、それとも壊すか。美しい街並みが残る欧州の都市では、行政が都市の景観保存に積極的だ。パリでは「マルロー法」で、指定した歴史的建造物とその周囲街並みを守っている。ロンドンでも建物の高さを細かく決めて、高層化による再開発を制限している。
不況対策で規制緩和が進む東京は逆向きだ。現代建築の保存に詳しい鈴木博之教授によると、容積率による高さ制限は年々緩和される方向にある。低くて古い建築物を壊して高層ビルに建て替える誘惑が、所有者にわき起こるのは当然だ。「経済性を優先することで都市・東京の記憶は消え、過密が進一方だ」と鈴木教授は危惧する。
それでいいのか。東京都が昨年末、500人を対象にしたアンケートで「都心部の景観づくり」について二つ挙げてもらったところ、65%が「歴史的建築物や歴史的な街並みを生かしたまちづくり」と答えた。「高層化」を求めたのは13%。みなが効率ばかり望んでいるのではない。
戦後半世紀。東京はいつまでも変わり続ける都市でいいのだろうか。不況の今こそ、開発一辺倒ではなく都市の記憶を残す仕組みづくりを、市民も行政も立ち止まって考える時期にきている。