2003.06.17 (TUE)
帝国タイムス[業界新聞]掲載記事より引用
建て替え惜しむ声を発信東京の学生らが活動
一九二七年に建てられ、七十六年もの間市民に親しまれてきた東京・原宿の同潤会青山アパートの取り壊し工事が始まった。この工事は一九九八年に大手デベロッパー森ビル(株)(東京都港区、森稔社長)を中心とした地権者によって結成された管理組合が計画を進めている。新しいビルは建築家・安藤忠雄氏の設計で二〇〇六年に完成する。新しいビルは来年に完成 同潤会青山アパートは、関東大震災後に住宅を供給する目的で建設されたアパート群のひとつで、かつて都内には全部で十六群存在した。最近では代官山アパートの跡地に新しい住商一体型の施設「代官山アドレス」が建設されるなど、どの建物も老朽化が進み転換期を迎えている。
青山アパートには住居用以外に十数年前から若者に人気の雑貨店などが入居しており、その外観とともに表参道を訪れる人々のシンボル的存在となっていた。同アパートもバブル期に一度、違うデベロッパーによる建て替え計画が進んでいたがバブル崩壊で計画は頓挫していた。ところが、九八年に東京都が所有していた土地、建物の払い下げが実施され、森ビルなど数人が地主となり、再開発事業がスタートした。二〇〇四年には地上五階(一部六階)、地下六階の新しいビルが誕生する予定だ。様々な立場の人が話し合う場を この建て替え計画をきっかけに様々な分野の有志が集まったボランティア団体「DO+」が結成された。保存だけを声高に叫ぶ従来の建物保存運動とは一線を画した同団体の活動は興味深い。
メンバーの大西正紀さんは原宿の街と青山アパートが大好きでインターネットのメーリングリストで建て替えの事実を知り、「景観や建物を保存してほしい、という思いをどのようにして訴えるか、多くの人々と追求する場をつくりたい」と、思うようになった。当時は大学院で建築を学ぶ一学生に過ぎなかった。 メーリングリストのオフ会の開催をきっかけに、建築家や学生、保存の専門家などが集まり、多い時では二十五名ほどのメンバーが活動していた。チラシの配布、署名活動など保存を訴える活動を行うなかで、大西さんは「メンバーが主体となって、設計者、事業者、学識経験者、地元住民など様々な立場の人がひとつのテーブルで話し合える場をつくりたい」と考えるようになった。そこで「DO+」はデベロッパーや建築家、地権者など、それぞれの立場の人と折衝し、一対一の話し合いを持つようになった。しかし、活動を続けるうちに"保存"という言葉がひとり歩きして、刺激的に受けとられたり、誤解を生むことも多くなっていく。メンバー同士の方向性の違いも露呈するようになり、結局「DO+」の活動は休止に追い込まれた。最終的に残ったのは大西さんともう一人のメンバーの田中元子さんだけ。
こうしたなかで、ふたりは活動の原点ともなった「大好きな青山アパートが消えてしまうことをみんなに知ってもらいたい」という思いに立ち返る。当初はアパート全体の保存だけを考えていたが、住民と話し合ううちに利便性や安全性の向上を訴える声を聞き、考えを改めた。保存活動と並行して行っていた、地権者や建築家との話し合いが大きな意味を持つことに気付いたという。
インターネットの掲示板などを通じて日々届くアパートを愛する人の声や壊したくないという思い。「こうした人々の思いを無駄にはできない」という気持ちが芽生え、青山アパートの建て替えを惜しむ人の声を集積し、発信することの重要性を認識する。アパートの一室で写真展を開催 二〇〇二年三月には、アパートの一室を使い「DO+」が主催して写真展を開いた。在りし日の同潤会アパートの写真や映像を展示したイベントで、開催期間の六日間で五百人もの人が訪れた。「DO+」が運営するインターネットのホームページには、建て替えを惜しむ多くの声が寄せられており、大西さんのもとには今もなおマスコミなどからの問い合わせが絶えない。
日々姿をかえる首都・東京 都心の一等地は空前の建設ラッシュを迎えている。二〇〇二年以降でも汐留のシオサイト、六本木ヒルズなど著名な建築家が設計した住商一体型の高層施設を中心に新しい街づくりが進んでいる。時々刻々とその姿をかえる首都・東京は、エネルギッシュな魅力に溢れているが、一方で人々の心の拠り所となる懐かしい風景を犠牲にしてきたことも事実である。スクラップアンドビルドを繰り返す東京の街並みと比較されるのが、古い建物を補修して残すヨーロッパの街並みである。行政が都市の景観保存に積極的であることなど、景観や街づくりに対する価値観の違いが明確にあらわれている。
今回の同潤会青山アパートのように、安全性の向上などを理由に建て替えを望む住人の声は無視できない。また、青山という立地から再開発に経済的効果が見込めるのも事実である。こうした現実に対して、地権者でも管理者でもない第三者が関わるかたちとなった今回のケース。今後も歴史的建造物の建て替えや慣れ親しんだ風景が失われようとするなかで、それを惜しむ人々の気持ち、街の人々の思いを汲み取り、市民が自発的に街づくりに関わることの可能性を見出した活動だったと言えるのではないだろうか。
DO+: URL http://www.doplus.org/
mosaki:URL http://www.mosaki.com/
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