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(インタビュー・2001年02月08日、中目黒のハービー山口さんの自宅にて)
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Nonnon:
ハービーさんの青山アパートに対する思い出や思いをお聞かせ下さい。
ハービー: 僕は東京生まれの東京育ちなんですが、代々木、原宿近辺は大学を滑って、代々 木ゼミナールへ通っているとき、1年間の浪人生活の基盤だったんです。
竹下通りから表参道を歩いていくと、突然、あのアパートが建っていて、心和みまし た。 当時、周りのアパートはどんどん新しいベクトルでお店やブティックになっていき、
竹の子族などと言う文化も出来たりして、その中で、確固として変わら無かったのは 青山アパートだけで、大きな存在感を持っていましたね。 その前に来るとほっとしたのを覚えています。
その茂みや壁の色、デザインの素晴らしさとか手触りとか。 周りの建物と全く違って、心和みました。それは代官山も同じでした。 取り壊されるのは、一時代が終わったということで、非常に残念で、あの安らぎを新
しいビルが醸し出してくれうかと言ったらそれは大変難しいことでしょうね。
Nonnon: 変わらずに有るということで大きな安心感が有りますよね。
ハービー: 今でも、僕に限らずいろんな写真家が、また、同潤会に限らず、東京の高層ビルの 下に立っている木造の家とか路地にカメラを向けていますよ。
それは、それはそう言った旧い建物を見たりすると人の心が和んだり、懐かしさを覚 えたり、何か特別な郷愁におそわれるからなのでしょうね。 旧いものがたくましく在るということは人間の心に勇気を与えてくれます。
僕は、新しいビルに囲まれ、新しいブティックや店だけだと、どっか止まらない列車 に乗ってしまったような不安感を感じます。 鈍行のローカル線に乗るゆったり感や安心感が無いですね。
Nonnon:それは、一種の豊かさですね。
ハービー: そうです。心の中の豊かさに繋がります。 一方、止まらない高速列車に乗っちゃった不安感といのは、例えば、『スピード』と
言う映画で、バスのスピードが60キロ以下に落ちると爆発するから、猛スピードで走 り続けざるを得ないと行ったもので、あの緊張感とか、絶望感とはひどくて、新しい
もの、新しいものを求めただけの街って言うには、それに似た、何か、不安感を感じ ます。
Nonnon: 常に新しくなければならないという、強迫観念があるようですよね。
ハービー: そうですね。 同潤会アパートは雑誌などで取り上げると非常によく売れるんですが、それは多くの 人が、旧くから有るものに対する憧れを抱いている証拠じゃないでしょうか。
同潤会に限らず、都会で、取り残されたような木造の家を見つけると、みんな振り 返ったり、懐かしい気分に浸り、写真家はシャッターを押す。 それは、旧くから『変わらず未だに有るもの』に対する郷愁と「ああ、これもガン
バっているんだ」っていう勇気とか、いろんなメッセージをその旧いものから感じる んだと思う。 歴史と言うものの重みが人間の心に与えるものはとてつもなく大きくて、西洋ではそ
れが、旧い遺跡であったり、旧くから残されている美術館の建物だったり、また は、何百年の樹齢を持つも木だったりするわけですが、そういうものに人間は、ふっ
と、敬意を表わしたくなるのは、旧くから存続しているものに対する憧れでもあり、 尊敬でも有るでしょう。 それが、建物にも言えるのではないでしょうか。
Nonnon:そのような、旧いものに対する敬意など、日本では蔑ろにしてきてしまった部分 で有るような気がします。
ハービー:例えば、京都みたいに一つの隔離した街で有れば、別だけど、都会の中で、再 開発されて行く中でひっそりとだけど、まだ、建て直されずに残っているという建物
の姿は、いじらしいほどの凄い、生命感を感じます。 70年間たって初めて出来た風合いとか言うものは、70年経たないとわからない。 つたのからみ方、横っちょの木の成長の仕方やその木が落とす影の長さ。
70年たってはじめて出来たものの大事さというのをもう一度見つめ直さないといけま せんね。 70年と言う時間は、70年経たないとすぎませんから。
CGでいくら、70年後っていうのを想像したところで、そこで、「あ〜、自然と融合 して人間は美しい」とは感じませんから。 実際に70年経ってその場に立たなければ感動はありません。
Hara: 70年と言っても「良い70年の過ごし方」と「悪い70年の過ごし方」というか、 「過ごし方」にもよるのではないでしょうか。
青山アパートは、ハービーさんから、今の建物を見て、かなり、良い70年を過ごして 来たと言えるのではないでしょうか?
ハービー: 僕は、代官山の同潤会を知っている人間で、あそこは、ちょっと、メインスト リートから離れたところに在ったもので、青山ほどブティックとかギャラリーに侵食
されずに現況を9割残していた建物なんです。 したがって、青山より良い、純粋な歳をとっている。 一方、青山の場合かなりフロントの家は現代的な人が入って、チョット融合したじゃ
ないですか。 僕は、同潤会アパートと言っても代官山アパートの方が、ホントにひっそりと人知れ ず岩陰に咲いていた野ばら見たいな健気さがあったと思います。
Hosoi:、ハービーさんはお仕事が写真家で、一瞬の表情を写すとか、場合によってはも う無くなってしまう記憶を写して残すと言うような仕事をなさっているわけですけれ
ども写真家としてのハービーさん、生活者としてのハービーさんとして、両方の面か ら、旧い時間の蓄積を得た建物の中で生活するということー旧い建物や旧いものが
残った街に生活するということはどういうことなのでしょうか。
ハービー: 古いものが残っている…この場合、僕のところから代官山まで徒歩10分でいけた のですけど、それが近くにあるということが非常に心の中で支えになっていました。
だから、余計、代官山には愛着がありましたね。まるで当事者のように。 これは代官山の写真集なのですが、なるべく僕はそこに同化したいと思って、ここに
あった美容室で髪の毛をずっと切ってたし、うちの子をここで写したりとか、そう言 えば、コロッケ屋もあったり…。 ねえ、ここ覚えてる?(お子さんへ向かって)
お子さん: うん。
ハービー: なるべく同化しようと思ったんです、他人の家ではなく、自分のうちとして。 で、あるとき、住民の方に頼んで、一晩、空き部屋に泊まらせてもらったんです。
Hosoi:で、どうでしたか?

(写真集 )

(DVD)
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ハービー:
…、実は、ぼくは仕事が出来て泊まれなかったんだけどね(笑) 泊まった人もいたんです、写真をとる人ではなかったけれど、やっぱり好きでね。
ドアを外して持っていきましたよ。(笑)ファンの人でね〜。 住んでいる人は、当初、お風呂もないし、老朽化してきて水は漏れるは、すきま風は
吹くし、大変だったと思うのね。 だから、住んでいる人と、周りからただ見て、風情があるなぁと喜んでいる人と は、大分意見は違うと思うんですけれどね、なるべく住んでいる人の立場に立ってみ
たかったので、ここに家族全員で写ってる中村さんという家族がいるんですけれど (代官山の写真集を広げる)最後まで残られた方々の一人で、引っ越しする朝、電話
がかかってきて、「じゃ、これから引っ越すから、今からいらっしゃい。」と言うこ とで、、家族が家の前で整列したところを撮ったんですよね。この家族は、勝手にあ
がってご飯食べているところの写真とか撮らせてもらったりしていたんですが、でも そういう関係になるまで、半年以上かかっています。
最初に声かけたときは、おばちゃんに声を掛けたんだけども、「いやよ!私なん か撮んないでよ!」って言われてね、でも、二日目、三日目、だんだん顔も覚えられ
てきて、熱意を感じてくれて、最後には家にも上がらせてくれて、自由に写真も撮れ るようになった。 |
Hosoi: この代官山アパートで、ずっと育った人なんですかね?
ハービー: そうですね。 で、この代官山の写真展をやったとき、むかしここに住んでいて、「涙が出そうに懐 かしかったです」って言ってくれたおじいさんがいたり、かつて、住んでいた人が結
構来てくれたんです。 また、我々は知らなかったんで、ツタなんかはえてよかったですね、と言うと、「い や〜、実は、ツタがはえると湿気を全部、壁が吸い取っちゃうんで建物には良くない
んですよ」とか、窓辺に落書きがある写真があるんですけど、これ、「ぼくが幼稚園 のとき書いた落書きだ」って言った人もいました。
Nonnon: そのまま、思い出の蓄積なんですよね。
ハービー: ええ。 それで、写真を撮って驚いたのは、若い人たちが、この空間を僕と同じ、または僕以 上に愛着を持っていたことですね。
Hosoi:意外でしたか。
ハービー: 年寄りだけが旧いものに憧れているのかと思っていたから…、若い人は若い建 築、新しい建築がいいのかなと思っていたら。
でも多くの人達が「こんなに心や済ます場所が壊されちゃうんなんてもったいないですね」って言ってました。
Nonnon: 原宿も同じ事なんですね。世代を超えて、落ち着きとか和みというのは感じられ るんですね。
ハービー: そうですよね。 京都のお寺ほど人を閉ざしてないし、万人のものだし、特別な思想を持っていないと 理解できないって言うもんでもないし。
Hosoi: 感覚というか、五感で分かるものなのでしょうか。
ハービー: そうなんでしょうね、だから、五感が研ぎ澄まされますよね。 だから、僕はこの青山や代官山を見て、その空間を実際に歩けることがスゴク幸
せだったです。あの空気感を五感を済ませて感じる、春夏秋冬、の移り変わり、植 物の移り変わり、冬の太陽に照らされている、春先の新緑に被われている同潤会…。
五感が研ぎ澄まされます。
Nonnon: においとか、音とか色とかですね。
ハービー: 高層建築というと、自然を受け入れない建物って感じがあるじゃないですか、一 見したって、春夏秋冬は感じないですよね。でも、ここは歩いていると季節が
感じられるんですよね。
Nonnon: 都市の中で季節感を与えてくれる貴重なところですね。
ハービー: そうですね。
Hara: 今の建築は、どちらかというと何でも、均一化する方向ですよね。
ハービー: そうですよね。 それとまあ、青山も、坂になっていて、低いところと高いところがあるわけですが、 あれも一つのドラマなんですよね。代官山においては丘の上の高いところや、低いと
ころや、それを繋ぐ渡り廊下とか、階段とかまた、ドラマチックなんですね。 今、新しく建ってる建物はそれを真っ平らにしてから建てましたから、まず、そこで
ドラマを失ってしまってるんですね。 昔あった坂で、住んでいた子供たちはスキーやっていたんですから。 地形の起伏って大きい要素ですよね。
Hara: それを構造物で創ろうとしても地面の起伏ほどの迫力を持ったものを創るのは難しい ですよね。
Hosoi: ドラマって言うのはどういうことなんでしょうか?感覚ではわかるんですけれ ど…。
ハービー: 五感を刺激されるって事ですね。 あ〜、坂があるぜ、坂の上に上がったら何が見えるンだ、ここの1階が向こうでは地
下か〜、真っ平らでないところから来る意外性って言うものがもっと五感を刺激する んですね。
Hara: そうですね。それはビデオカメラを持っていても感じます。階段のところで絵を 撮ろうとすると階段の無いところと比べると、階段があるところでは何パターンも、
上がったところ、途中な所等々、その辺はやっぱりいろんなことが出来ます。
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